八戸市の仕事を終えて、久慈市への縦貫道が更に侍浜まで延びたので、じぇじぇじぇ・あまちゃんのロケ地久慈市小袖海岸に足を運びました。

北限の海女として知られているのですが
半農半漁の小袖地区。半分畑を耕し換金対策として海に潜る。海女(あま)さんは働き者。
海女センター、食堂等で見かけた女性の方は身なりもきちんとしていて美人さんが多いのかなあ?と感じました。

直接小袖地区に関係ありませんが久慈市に侍浜地区があります。

そのむかし江戸時代初期、八戸南部藩の女城主「清心尼」が盛岡南部本家の命により遠野城主にお国替えとなり家来を引き連れて行列をして八戸から遠野の城(現遠野市)に向かう途中、
久慈市の侍浜で家臣が美しい女性にひとめぼれ。数人の家来が武士の身分を捨てこの地区にとどまったため侍(サムライ)浜と呼ばれるようになったそうです。

伊井直虎の外にも女城主「清心尼」がいたんです。「清心尼」は31年もの間八戸南部藩、遠野南部藩の女城主でした。

話は変わりますが久慈市の南部氏一族の下久慈城主久慈守信の子為信が津軽の大浦家に養子に入り大浦家五代目となる。
この大浦為信が津軽を統一し、津軽為信となる。