和人が来るまでは北海道には数千匹もの蝦夷オオカミが生息していたという。アイヌ人はエゾオオカミを神として崇拝したという。

 「さてオオカミの数え方なんですがそれは匹なのか、頭数なのか?広辞苑には規定がありません。「一匹オオカミ」という言葉があるように匹だと断定する人が多い中、頭でも間違いではなさそうです。複数の種類の場合どちらでもよいとかとかの考え方もあるそうですが、いずれにしても日本語は難しい.

 ※話は変わりますが、古来よりアイヌ人は春、穴で冬眠中のヒグマを殺して食べ、残る子熊を家に持ち帰り家で可愛がり育てる習性があり、小さいころは家でかわいがり、2才で小屋を作り飼(肥)育し、大きくなる3才位になると森に返すことになるという。
しかし、返すという意味は本当に返すのではなく三日三晩の食の祭典でイヨマンテの祭り儀式をし、子熊を殺しその肉を御馳走として食べた後、魂を返すのだ」という。

 アイヌ社会に於いて可愛い子熊でさえ肥育されて貴重な蛋白源になり肉となる。同情と理解を禁じ得ない感もありますが、これが一説には、イヨマンテ(イオマンテともいう)殺した熊肉を食してクマの魂送り、すなわち神様にクマの魂を返す儀式と言われている。(子グマの思いは?)
道知事から野蛮な行為として1955年禁止通達があったという。52年経過して今は和人との融合の文化として2007年、禁止通達が解除されたという。

流行歌に「イヨマンテの夜」燃えろ篝(かがり)火よという言葉がありますが夜ではなく実際は昼に行われていたみたいです。

カムイ伝説に戻りますがエゾオオカミは人間のためにヒグマを襲ったこともあるという。アイヌの人にとってシカ等の狩りでエゾオオカミが獲物のいる方向に導くしぐさ等で狩りの助けになったという。
 昔、アイヌ人は蝦夷オオカミと共生していたという。エゾオオカミの遠吠えを聞くとその方向に出向き、食べ残した鹿肉をいただくこともあったといわれている。
明治時代に入り、人がエゾシカを食べるようになり、エゾシカが極端に数が減るとエゾオオカミは人間が飼っている馬等の家畜を襲うようになり明治政府から害獣として認定され、射殺により、絶滅。高額収入になることから和人、アイヌ人が競って参入。

高額な駆除奨励金(当時高額の10円)がかけられ、その10年後、1990年前頃に、射殺により北海道からその姿が消えて絶滅。今になってエゾシカが以上に増え、田畑を荒らすということが社会問題化しており、明治政府が駆除の補助金でハンターが射殺して絶滅させるより、自然の摂理に任せてエゾオオカミを駆除しなかった方が自然保護の視点で理に叶っていたのではないのしょうか?
そして奇しくも時を同じくして、本州にいた二ホンオオカミもこの世から姿を消したのだという。