藤崎町に伝わる、唐糸御前の伝説。鎌倉時代、執権・北条時頼の愛妾だった唐糸御前は、諸国行脚で立ち寄った夫に、やつれはてた姿を見られることを嘆き、自殺を図った。その場所が唐糸御前公園となる。当時、大きな湖沼地で入水自殺といわれている。その沼はもうない。

北条時頼の愛妾だった唐糸御前はことのほか美しく時頼に愛されて他の愛妾、正室の羨望のまなざしに合い、周囲に失脚させられて藤崎で過ごしていた。
栄華を極めた鎌倉から小船で本州最果ての地外ヶ浜へ流され捨てられた身 ロマン伝説に聞こえるがあまりにも寂しくて悲しい。
唐糸御前は鎌倉から小船に乗せられて外ヶ浜へ。藤崎の地にたどり着く。親戚,縁者はいなかったらしく有力者宅のはなれに身を寄せていたという。

左唐糸御前伝説の説明文 時頼公さん、唐糸唐糸御前御前が幸せに暮らしているのだから、何も来る必要がなかったのに?唐糸御前はもっと長生きできたはず その別れは、島流し同然の仕打ち
藤が咲くで藤崎。リンゴの花が咲き自然が素晴らしい。唐糸御前像まで建てて藤崎町の優しい心が伝わる。藤崎はかつて安東氏が栄えた町
岩木山を背景に夕陽がとても綺麗。

通りかかった時頼公は、村人から唐糸御前のことを聞きねんごろに菩提を弔い、鎌倉への帰路に寺を建立しました。青森県南部町法光寺もそうなんです。

藤崎の唐糸御前をまつる寺はやがて護国寺になり、後に「唐糸山万蔵寺」と改められ、現在弘前市の禅林街に移っています。

弘前城公園の桜も唐糸御前公園の桜も綺麗。唐糸御前(からいとごぜん)伝説は世にあまり知られていない。一度は行ってみたい名所です。


 唐糸御前は絶世の美女。

唐糸御前の歴史的文献資料は稀有に等しい 北条時頼の愛妾だったということだけで本当は出自さえわからず伝説の域を出ない?

通りかかった時頼公は、村人から唐糸御前のことを聞き、ねんごろに屍と菩提を弔い、鎌倉への帰路に寺を建立しました。青森県南部町法光寺もそうなんです。

国登録有形文化財 法光寺  唐糸御前を訪ねた北条時頼が建てた寺
法光寺に伝わる北条時頼の廻国伝説

 今から約700余年前、鎌倉執権・北条時頼公がこの地方を訪れた際、夢想軒(むそうけん)の庵主であった玉峰捐城和尚(ぎょくほうえんじょうおしょう)に一晩の宿と心からのおもてなしを受けたお礼に開基したと伝わる名久井岳の名刹です。曹洞宗奥羽三大本山の一つで、開基は北条時頼、開山は玉峰捐城和尚との記録が残されています。

 中世段階では南部氏と親交をもち、戦国期には東三郎義政の菩提所として寺領150石を安堵されたといわれます。江戸時代には八戸藩領曹洞宗25か寺を統轄する総録として法光寺が信仰の拠点となりました。国登録有形文化財法光寺の開基に北条時頼の廻国伝説に唐糸御前(からいとごぜん)ロマン伝説が深くかかわっているとは意外でした。唐糸御前伝説も信憑性が増してくる

実は私、法光寺が大好きで名川のサクランボ狩りを終えてよく立ち寄ります。荘厳な五重塔と寺院、庭園が見事です。南部殿様のお姫様の綺麗で大きな駕籠も展示保管してあります。
本堂で座禅するとでなぜか心から落ち着きます。

北条時頼公が建立したのだから唐糸御前を祀ってあげればよかったのに。