2018年11月3日(土)

カーナビで宮古市鈴久名へ向かう。

思ったより奥深く北上山脈のど真ん中。鈴久名に着いたら陽がくれて真っ暗。まずは神社入口をさがす。翌朝見たら違ってた。

予約した近くの温泉宿、静峰苑に宿をとる。
旧川井村営からNPO法人へ。

最近では珍しいサンマ一匹、昔の一汁一菜的なシンプルな食事。お米と梅干、放し飼いの卵がおいしい。宿泊料金は関東圏の東横インクラス。

「東京都市大学」の学生さんが教授とグループで宿泊。聞き返したら以前(昔)の武蔵野工業大学とのこと。

地元の学校を訪問しドローンを飛ばすというサークル研究会。

朝の散歩。

どこまで行っても車もヒトも動物も見かけない山の中。

静峰苑の温泉。

体が温まり朝までぐっすり。

現地で作業中の地元の可愛いおばあちゃんに聞いたら、「別当なら橋の下の向こうで砂金採りしてるよ。名前も橋本だよ」とのこと。

源義経の北行紀行で砂金取りで有名なのは、やや、遠方の大槌川上流の長者森の(旧金沢村)金沢地区。金堀吉次伝説もあるという。大槌川が流れ込む海は、今では牡蠣がおいしいという。

伝説では静御前は金堀吉次と箱石神社の山名家の3人の頑健な息子の案内でこの地にたどり着いたという。

箱石神社(鈴ケ神社から私の足で歩いて13分の箱石駅前)に源義経が平泉の難を逃れて長期滞在していたとのこと。(源義経伝説の方が信憑性はありそう?)

鈴ケ神社入口を聞くと「後で俺も行く。せっかく来たのだから神社の中を開いてあげる」とのこと。

鈴ケ神社入口

鈴ケ神社の入口は宮古市へ続く線路の手前。

静御前最後の地伝説は全国各地に残る。したがってどれが本当かわからないのであまり深く掘り下げないことにしたい。
グーグルで「宮古市鈴ケ神社静御前」検索で出てきます。

静御前は、大迫、遠野、赤坂山川井経由でこの地に来たという。遠野市は伝説の宝庫。

鈴ケ神社の鳥居と静御前の供養塔。古くはなさそう。どうやら最近の建立?

静御前は以前、義経から金銀財宝をもらい頑健な男に守らせて京に送られる途中に、男達に金銀のみを奪われてさまよっているところを兄頼朝に捕まった経緯がある。
「女旅の怖さ」は静御前が身をもって体験し骨身にしみているはず。

当時歩くと何か月もかかり交通の発達していない800年前の赤坂山ルートは昔の獣道(けものみち)

にわかに信じ難いのですが否定もできない。

なにはともあれ、急峻な坂がある鈴ケ神社へゴー。